土壌汚染調査や浄化には多額の費用がかかるため、低環境負荷・低コスト浄化技術の研究開発を進めています。

研究紹介

浄化技術

2000年社団法人土壌環境センターが取りまとめた「我が国における土壌汚染対策費用の推定」によりますと、土壌汚染調査の実施が望まれる全産業事業所数は約93万箇所、調査費用約2兆円、汚染浄化費用約11兆円が必要と推定されております。

また、近年環境省 水・大気環境局が毎年統計・公表した「土壌汚染対策法の施行状況及び土壌汚染調査・対策事例等に関する調査結果」によりますと、調査事例の約半数は基準不適合、すなわち汚染、となっております。そのうち、重金属類による汚染は6割以上、揮発性有機化合物(VOCs)による汚染は3割程度、複合汚染も含めますと、殆どの汚染は重金属類、またはVOCsによる汚染となっております。同調査結果によりますと、対策方法は主として、掘削除去法が最もよく利用されているのが現状となっております。

掘削除去法は、比較的短期間でその場にある汚染土を取除くことができるものの、掘削した汚染土の最終処理問題(残余埋立容量の逼迫)や不法投棄と運搬途中の不慮事故による飛散、不適切な処理による汚染拡大の恐れおよび大量土壌の掘削・運搬に伴う二酸化炭素排出など、多くの問題が指摘されており、また必要とされるコストも高いです。このため、低環境負荷・低コスト浄化技術の開発が極めて重要であり、我々はこのような社会ニーズに応えるために、種々の浄化技術の開発に挑んでおります。

以下、いくつかの浄化技術の概略をご紹介しますが、各々の技術につきましては知的財産権に絡む場合もあるため、ご興味のある方はグループのお問い合わせ先にご連絡お願いいたします。

ヒ素等重金属類汚染に対する吸着材を用いた浄化技術

アジア及びアフリカなどの一部の地域では、ヒ素(As)によって汚染された地下水を井戸から飲料水として直接的に摂取してるため、健康被害を受ける場合があります。また、トンネル工事などで発生したAsを含んだ大量の掘削ズリも大きな問題となっています。私たちのグループでは、経済的に恵まれない開発途上国あるいは大規模な汚染対策工事でも実用可能な安価で効果的な吸着材の開発及び運用技術の開発を目的とした研究を実施しています。特に、人体及び生態系へ悪影響を及ぼさない環境に優しい吸着材としてマグネシウム(Mg)系及びカルシウム(Ca)系化合物を母材とした吸着材に着目し、様々な試験を通じて詳細なAs除去性能評価等を行っています。また、自然の堆積層や岩石等からはAsとともにフッ素(F)なども溶出した複合汚染も多数発生しています。私たちのグループでは、このような複合汚染に対しても吸着材を用いた同時除去・同時対策に関する研究を実施中です。

その一例として、Mg系吸着材によるAs-F同時除去試験で得られたAs除去率RAS及びF除去率RFを図1に示しています。吸着材添加濃度WAd0/Vの増加に伴いRAS及びRFともに増加していますが、両者ともに吸着材の種類だけでなく、Asの価数(3価と5価)によっても挙動が異なることがわかります。また、初期As濃度(CAS0)、初期F濃度(CF0)及び初期pH (pH0)の違いによってもRAS及びRFともに影響を受けることが確認されています。

図1

(a) As除去率及び(b) F除去率の比較
試験条件:CAS0 = 1mg/L、CF0 = 60mg/L、pH0 = 7

一方、As等の浄化に利用された吸着材は、それ自体がAs等を多量に含んだ汚染物質となります。そのため、使用済吸着材の処理・廃棄を適切に行わなかった場合は二次汚染を引き起こす可能性があります。特に、開発発途上国では、適切な処理を行わずに使用済吸着材を環境中に廃棄してしまうことが考えられます。そこで、私たちのグループでは、使用済吸着材が土壌中に直接廃棄された場合や、酸性雨にさらされた場合、地下水あるいは様々なpHを持つ土壌間隙水に接した場合などを想定した実験を行い、使用済吸着材からのAs及び母材成分の溶出挙動を調べることによって、使用済吸着材の総合的な環境安定性評価を実施しています。

その一例として、Mg系及びCa系吸着材にAsを吸着させた使用済吸着材を作成し、様々な試験条件でのAsの溶出率EASを比較したものを図2に示しています。吸着材の種類、Asの価数、溶液の初期pH、土壌の種類の組み合わせによってEASが大きく異なることがわかります。

図2

土壌ごとのAs溶出率の比較:
(a)使用済Mg系吸着材,(b)使用済Ca系吸着材 
NS:土壌なし,Ku:黒ボク土,YF:黄褐色森林土,Ka:鹿沼土,
RS:川砂,MS:山砂

図1及び図2に関連した論文

微生物を利活用した浄化技術

微生物を利活用した浄化技術、すなわちバイオレメディエーション技術は、環境に優しく、またコスト的にも安価なため、近年注目されております。微生物による汚染物質の分解と集積などに関する研究は広く行われており、対象汚染物質はVOCs、重金属類、農薬など多岐多種にわたっていますが、実際の地下水・土壌汚染対策として実用化されているのは、VOCsと油類が殆どとなっております。

我々は汚染サイト調査および室内での微生物培養、ゲノム解析、代謝産物分析等を組み合わせて研究開発を進めております。これまでに、嫌気性微生物によるテトラクロロエチレン(PCE)やトリクロロエチレン(TCE)などのクロロエチレン類の脱塩素化を利用したバイオレメディエーションの最適条件および適用限界などの設計条件の取得ができております。例えば、二価鉄やメタン生成菌等のパラメーターを最適化することにより、短期間で無害な物質への脱塩素化が可能であることを実証してきました(図1、産総研HP)。他にも好気性微生物によるベンゼンやジクロロメタンの分解にも取り組んでおります。

図1

微生物によるクロロエチレン類の嫌気的脱塩素化の室内実験結果

論文

天然鉱物を利用した浄化技術

天然鉱物は試薬と比べた場合、環境に優しく、またコスト的にも安いとの利点があります。我々はこの利点、あるいは優位性に注目し、天然鉱物を利活用した有機化合物の分解に関する研究を進めてきております。硫化鉄鉱は、土壌環境中に蓄積する有害有機成分、トリクロロエチレンやクロロベンゼン、残留農薬に対して酸化分解特性を有することを明らかにしました。これは、硫化物の表面で発生するヒドロキシルラジカルに起因する化学分解であり、直鎖のみでなく、ベンゼン環を開環する酸化力を示すためです(図1)。

図1

天然鉱物によるDieldrin分解試験の結果例

硫化鉄鉱は、特にこれらの汚染が懸念される、東アジア、東南アジア地域のマングローブの生息する沿岸域に広く分布し、陸域で発生する有害物質の海洋流出を阻止している可能性が考えられた。そのため、沿岸域の鉄および硫黄の元素循環は沿岸域の環境保全・ナチュラルアテニュエーションによる効果が期待されます(図2)。

図2

東南アジア熱帯~亜熱帯地域の沿岸域に形成される酸性硫酸塩土壌

論文

  • Hara J. (2012) Chemical degradation of chlorinated organic pollutants for In Situ Remediation and Evaluation of Natural Attenuation, Organic Pollutants, InTech Press, pp.345-364.
  • Hara J. (2011) The effect of oxygen on chemical dechlorination of dieldrin using iron sulphides,Chemosphere,82,pp.1308-1313.
  • Hara J. (2017) Oxidative degradation of benzene rings using iron sulfide activated by hydrogen peroxide/ozone. Chemosphere, 189, 382-389.

リサイクル資材を用いた酸性排水処理技術

日本国内には、休廃止鉱山から発生する坑廃水や、酸性の温泉水の流入によって酸性の水質を示す河川が存在しております。休廃止鉱山の中には酸性坑廃水が継続的に発生し、対策が必要となっている鉱山が存在しております。特に坑廃水にはヒ素や鉄,カドミウム,鉛などの重金属類が含まれる場合が多いため、坑廃水や酸性の温泉水の河川への放流は、河川が汚染され,人や生態系,環境に悪影響が及ぼされることが懸念されます。

現在では、生態系等への影響防止のために、炭酸カルシウムなどの天然資源を用いて中和作業を行っていますが、コストや環境負荷が大きいことが問題です。そこで我々は、牡蠣殻やリサイクルコンクリートなどのリサイクル資材を代替中和剤として活用することを目的に研究を行っております。

図1

酸性坑廃水が流入する河川

上記技術のほか、我々は自然由来土壌における重金属類の溶出特性や存在形態の評価、自然由来汚染の判別方法、ならびにリスク評価に基づく浄化技術の選定や浄化効率の評価などに関する研究開発を戦略的に進めております。

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